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大阪地方裁判所 昭和33年(モ)2823号 決定

事実

申立人科研薬化工株式会社と被申立人岩城道也間に成立した契約に基いて、昭和三一年一月一六日大阪法務局所属公証人利光晟作成の納言取引に関する契約公正証書に、その金銭債務の履行に関する条項として「第一条 甲(申立人)は科薬染毛剤研究所より毎月仕入れる納言一個につき金二円也(但し月度仕入数が三千打を超えたときは一個につき金三円也とする)を乙(被申立人)に支払うものとする」と定められており、これに対する執行約款として「第五条、甲は第一条の金銭債務不履行につき直ちに強制執行を受くるも異議がない旨認諾した」と定めている。かような公正証書は民訴五五九条第三号の要件を欠くものであるから、右公正には執行文を付与すべきでない。しかるに同公証人は被申立人の申請により執行文を付与したから異議申立に及んだと主張した。これに対し、被申立人は格別反対の主張を述べず、抗弁として、申立人は本件異議申立前である昭和三二年一二月申立人が原告となり、被申立人を被告として、本件公正証書につき、それが形式的執行力を有することを前提として請求に関する異議訴訟を提起し、現在同事件は東京地裁昭和三二年(ワ)第九一四二号事件として係属中である。本件申立は民訴第二三一条にも違反し失当であると主張した。

理由

(1)  およそ民訴法第五五九条第三号によれば、金銭債務に関する公正証書が債務名義たりうるがためには公証人がその権限内で成規の方式に従い一定の金額の支払を目的とする請求について作成したものであつてその数額が証書に明記されているかまたは少なくとも証書の記載自体より一定の数額を算出し得るものでなければならず、その支払又は給付の債務が具体的に証書の記載上確定しているものでなければならない。しかるに本件公正証書には、その第一条において申立人が科薬染毛剤研究所より毎月仕入れる納言一個についての単価が定められているにとどまり、申立人が執行を受諾した右第一条に関する金銭債務不履行につき申立人が現実に負担すべき債務の額は、申立人が右研究所より仕入れる納言の取引数量を他の文書もしくは理論等により補足確定した後でなければこれを算出するに由なきものというべく、かかる公正証書は結局前説示の要件を欠除し、強制執行の基本たる債務名義たり得ないものであるといわなければならない。そうだとすると、かかる公正証書に対し執行文を付与し得ざることは論をまたないから、前記公証人が昭和三二年一一月八日付与した執行力ある正本の取消ならびに右正本に基く強制執行の不許を求める申立人の申立は相当として認容すべきものとする。

(2)民訴法第五四五条の請求異議の訴は、債務名義に記載せられた請求権の無効消滅等を原因とし、判決によつて債務名義そのものの執行力の排除を求める訴であるに対し、同法第五二二条の執行文付与に対する異議申立は、主として執行文付与についての形式上の瑕疵を攻撃(例外として同法第五四六条所定の異議の原因を併せ主張)して執行文の効力を争い、決定によつて現に与えられたる執行力ある正本の執行力の排除を求める申立であつて、彼此互にその目的を異にする別種の事件であるから、両者は併存し得べく、前者が係属しているからといつて、後者の申立をなし得ないということはない。

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